- プロローグ -
 ある30代の母親は、右の乳房を失ってから、幼稚園に通っている子供と一緒にお風呂には

いれない、とつぶやいた。切除の跡は見せられない。だから、自分はTシャツを着て子供を

お風呂に入れてあげるのだそうだ。

 そしてある40代の女性は、両側乳がんを告知され、両乳房を切除することを医師から告げ

られた。命とおっぱい、命と胸――頭のなかからその言葉が離れず、毎日泣き暮らした。

 摘出手術後、抗うつ剤を飲むようになった別の40代の女性は、お風呂で手術の跡を一度も

見ていない。だからきれいに洗うことができず、胸の部分に垢がたまってしまっていたという。

 世間ではいわゆる豊かなバストを誇る巨乳女性タレントが、男性だけでなく同性の支持をも

集めている。小さな胸にコンプレックスを抱き、豊胸手術を受ける女性も年々増え、日本人の

「おっぱい信仰」はある意味、ピークを迎えているともいえるだろう。

 この人たちのおっぱいの話は、それとは別の次元の話だ。日本女性の23人にひとりが罹る

といわれる乳がんにより、乳房を失い、心に大きな傷を負う女性たちがいる――




福岡第2の都市、北九州市・小倉の駅からタクシーで10分ほど走ると現れるモダンな3階建て

の建物。そこが「矢永クリニック」である。クリニックの院長、矢永博子医師(52才)は、前に

座る女性患者の言葉に熱心に耳を傾け、何度も、何度も頷く。

「そうね、それはいいことね」「あら、そうなの。いいじゃない」「ほんと?」

「最近、手術した仲間と“シワもとりたいよね”とか、“どうやってきれいになろうか”って話して

いるんです。なんだか毎日が楽しくてね。これも先生のおかげです」という女性、大森陽子さん

(仮名・52才)は、04年3月に北九州市内の病院で左側の乳がんの摘出手術を受けた。

同時に組織拡張器(エキスパンダー)という人工の装置を胸に埋め込んだ。失われた乳房に

代わる人工乳房を入れるスペースを作るためだ。手術を担当した医師に紹介されたのが

矢永クリニック。1年あまりかけて形を整え、乳輪や乳頭を作っていった。大森さんはいう。

「乳房再建をしたいっていい出したのは私のほうからです。最初はね、担当の先生に反対

されたんですよ。“再発を発見しにくくなる”、“100万円以上もかかる”って」

 しかし、大森さんの熱意に担当医も折れた。「がんを摘出してみて、エキスパンダーを入れ

られるような状態であれば入れてみましょう」。そう約束してくれた。

「麻酔が切れて目覚めたときには、すでに左側のわきあたりにふくらみができていました。

その後矢永先生が調整してくださって、とてもいいおっぱいを作ってくれました」


(「女性セブン」平成18年7月6日号より)